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的場文男 ”永久不滅”の通算7152勝、記録更新!的場ダンスと人生・人柄の魅力

的場文男騎手(61)、

「地方競馬通算7152勝を達成!」

 

今年の6月15日に、落馬事故。

下腿挫創により20針の縫合処置を行っていました。

あと9勝を目前としていたところでしたが・・・

 

さすが鉄人!

なんと今日、永久不滅と言われた

佐々木竹見騎手の歴代記録を更新しました!



的場文男 ”永久不滅”の通算7152勝を達成!

12日、

的場文男騎手(61)が大井5Rで

シルヴェーヌに騎乗して勝利!

地方競馬通算7152勝を達成。

 

「鉄人」佐々木竹見騎手(76)の

偉大な記録を超えました。

・デビューから45年(1973年10月16日〜)

・4万567戦目にて達成

地方競馬に悠然と輝く「7151勝」。

“鉄人”と呼ばれた川崎競馬の佐々木竹見元騎手が

打ち立て「永久不滅」ともいわれた数字。

 

ついに“大井の帝王”的場文男騎手が

その記録を更新しました!

大記録は、

お世話になった地元へ恩返しするという

強い思いで迎えた12日の大井5Rで達成。

 

シルヴェーヌに騎乗した的場文男騎手は

大歓声に迎えられた直線で、

この日も力強く馬を追う“的場ダンス”を披露。

先頭でゴールを駆け抜けた。

 

〜的場ダンス〜

全身を上下に激しく動かしつつ、

腰を入れて馬を追いだす独特のフォーム。

 

いつからか「的場ダンス」と

呼ばれるようになりました。

 

「どうしたら馬を動かすことができるのか?」

と試行錯誤の中から自然と生まれたといいます。

 

的場文男騎手のコメント

「あと2つ、3つくらいのところから、なかなか動かすことができなくて。七千いくつも勝っているのに、つくづく競馬を勝つ難しさを知らされました。ファンのみなさま、馬主のみなさま、厩舎の関係者や調教師のみなさま、みなさんのおかげでこんな記録が取れたので、心から、感謝の気持ちでいっぱいです。これからも、これから短いかもしれませんが、大井はずっと続いていきますので。これからもひとつひとつ大事に乗って一生懸命騎乗しますので、ご声援のほどよろしくお願いいたします」

         (サンスポ)

大記録を打ち立てた、

名ジョッキーの人生に迫ります。



的場ダンスと人生・人柄の魅力。

好きな言葉は

「一生懸命」「努力」「根性」

日本男児らしい質実剛健な人柄のように思います。

 

時折見せるお茶目な仕草が、

恐縮ながら僕は大好きです。

 

的場文男さんは、

福岡県大川市で生誕。

佐賀競馬の馬主でもあった父の、

四男(7人兄弟)として生まれました。

 

すぐ上の三男・信弘氏が

佐賀競馬の騎手だったことから、

同じ道を目指して中学2年の時に上京。

羽田空港から乗ったモノレールの車窓から

見た大井競馬場の姿に圧倒されたといいます。

 

ところが所属した小暮嘉久厩舎は

多くの名馬、名騎手を輩出し、

「小暮学校」と称された名門中の名門でした。

 

当時は赤間清松、松浦備、高橋三郎といった

トップジョッキーがそろっていたため、

新人にレースでの乗り馬が回ってくるはずもなく。。。

 

さすがに腐りかけたそうですが、

長兄からの

「一人前になるまで九州の土を踏むな」

のひと言に奮起!

持ち前の負けず嫌いの性格にも火が付いた。

 

人一倍の努力を重ねて、

デビュー5年目。

 

21歳の時にヨシノライデンで

待望の重賞初制覇(77年アラブ王冠賞)

を果たすと、少しづつ周囲からの信用も得て、

流れを変えてみせました。

 

順風満帆でなく、

大きなケガも数多く経験しています。

07年には落馬事故で脾臓(ひぞう)を損傷し

生死の境をさまよったこともあります。

それでも2カ月ほど休んだだけで復帰しました。

 

(ゆえに、6月の怪我においても

すぐ復活してくれると信じていました!!)

 

6000勝を達成した時、こう語る。

「もう限界。だけど、ファンの皆さんが

期待してくれているうちは辞められない」

 

それから7年、

さらに“1152”の勝ち星を積み上げました!

「地方競馬通算7152勝を達成!」

 

想像を絶する精神力の強さは見習うべきもの。

「60歳を過ぎて人に元気を届けられるのはうれしい」

と、

何よりも馬乗りが好きなジョッキーは語っています。

 

まとめ

・地元大井5Rでシルヴェーヌに騎乗し、地方競馬通算7152勝を達成!

・「一生懸命」・「努力」・「根性」を貫き通した人生。

読んで頂きありがとうございます。