山田浩二 初公判で殺意や責任能力の供述に遺族は。状況証拠で起訴【防犯カメラとガムテープ】

事件

11/1に、山田浩二容疑者が初公判を迎えます。

平成27年8月、
大阪府寝屋川市の中学1年、
平田奈津美さん(13)
星野凌斗さん(12)
この2人が殺害された事件。
大阪地裁(浅香竜太裁判長)は22日、殺人罪に問われた山田浩二被告(48)の初公判を11月1日に指定した。判決は12月19日。
[ad]
22日に開かれた第26回公判前整理手続きで、
判決を含め計11回の公判期日が決まった。
 公判前整理手続きは28年10月から
約1年11カ月にわたって開かれ、
争点や審理の予定などを確認していた。
 山田被告は逮捕直後に「女の子を車に連れ込み、同乗者が暴行して遺棄した。男の子も一緒にいた」と話した後、黙秘に転じた。
捜査段階では2人の殺害場所は特定できず、
同乗者の存在も確認されていない。
 山田被告が殺害したことを示す直接証拠はなく、検察側は大量の防犯カメラの映像などから立件した。
状況証拠を積み重ねて、本人以外に関与した人物がいないと立証する方針。
起訴状によると、
27年8月13日ごろ、大阪府またはその周辺で、2人を殺害したとしている。
平田さんの遺体は大阪府高槻市の駐車場で、星野さんは同府柏原市の山中でそれぞれ見つかった。
平田さんは粘着テープで後ろ手に縛られ、顔にも粘着テープが何重にも巻かれていた。
死因は窒息死ですが、体には鋭い刃物で切られたような傷が30カ所以上発見されている。
星野君も同じように、顔全体に粘着テープが巻かれた上に手も縛られ、一部白骨化した遺体には草が被せられていた。
事件は最悪の結末を迎えた。
[ad]

山田浩二の経歴。子供時代は不良のパシリ役

〈広島の修学旅行で原爆ドームを見てきて、今から37年前の8月に生まれなくて良かったと思った〉

〈これからは中学校へ行き、あと高校、大学そして本当の大人になるわけだが、ぼくは戦争はとってもやりたくない〉
21日に平田さんに対する死体遺棄容疑で逮捕、あ翌日起訴された山田浩二容疑者(45=寝屋川市香里新町)は、小学校の卒業文集でこう綴っていたが、そのときの自分と同じ年頃の2人の将来を無残にも奪ったのである。山田容疑者は、現住所の寝屋川市の隣にある枚方市の出身。少年時代は市内の公営住宅で、両親と妹の4人暮らしの家庭で育った。

 

「小さい頃は“山田”とは異なる姓で、地元の小中学校に通っていました。同級生たちの話によると、当時は近所の駄菓子屋でよく万引きをし、それを見せびらかしていたといいます。
時には親の金を1万円単位で無断で持ち出し、『みんなに食べ物奢ってやる』などと自慢して、周囲が引いていたそうです。そのため、孤立することが多く、いつも一人ぼっちだったイメージが強いと言われています」(全国紙社会部記者)そんな学校内での人間関係が影響したのか、中学3年生の頃から素行が悪くなり、卒業後も定職に就くことはなかったという。

「中3の後半あたりに地元の不良グループに入ったんです。といっても、積極的に溶け込むというより、及び腰で後ろから付いていく感じ。結局、リーダーたちの使いっぱしりをさせられて、4~5年で外れたようです」(中学の同級生)

 

その後は、自宅近所の雑貨屋やコンビニでアルバイトをしながら生計を立てていたが、2002年には少年に対する監禁事件を起こしている。

 

「寝屋川市駅前のロータリーで行われたアマチュアバンドの演奏を聞いた帰りの17歳の少年2人に道を尋ね、自分の車に連れ込んだところで、手錠で拘束。さらに両手足を粘着テープで縛り上げた。車内に4時間にわたって監禁し、約4キロ離れた公園で開放したのですが、その間に2人の顔や胸をライターで炙り、火傷を負わせています」(前出・社会部記者)

[ad]

コメント